結核の死亡率と治る方法は?お父さんは完治するの?とと姉ちゃん第3話あらすじ

Sponsored Link

連続テレビ小説「とと姉ちゃん」がスタートして2日!

第3話は、ととが大迫専務へピカッツォ(ピカソ)の絵を持って誤りに行きます

贋作だったとわかっても、ととが絵を買い取った理由とは?

そして、遂にととが結核にかかってしまうようなのです…

当時の結核の死亡率完治率はどの位だったのでしょうか?

第3話あらすじ

とと姉ちゃんのあらすじとストーリーを5分で振り返り

「安心してください。ととが責任を取りますから」

と三姉妹に行った場面から、第3話が始まります

大迫専務の家へ絵を持って行き…

大迫「話は分かった。早く絵を見せたまえ。」

とと「はい…これなんですが…」

大迫「はっ!これが、あの絵か…!くぅ…」

とと「誠に、申し訳ありませんでした」

三姉妹「申し訳ありませんでした」

とと「必ず弁償いたします。お時間を頂ければ、どんな事をしてでも必ず弁償致しますので、どうかお許しください」

と言って、ととは大迫専務に土下座をしながら誤ります

とと「どうかお許しください。全財産をなげうってでも、何とか致します。申し訳ありませんでした」

大迫「はははははっ!心配しなくてもいいよ。実はこの絵は贋作だ。偽物なんだよ」

皆「えっ!!!?」

大迫「悪かったね、おおごとにさせて。さぁさぁ、なおってなおって、座りたまえ。」

元はと言えば、酔っぱらって馬鹿げたことを言った

自分のせいなんだ。贋作と知れたら恥だから…

と大迫専務が、逆にととや三姉妹に謝りまるのです

元々安物だから、弁償しなくて良いと聞き、安心するととや三姉妹

とと「厚かましいお願いではございますが、この絵頂いてもよろしゅうございますか?」

贋作+グチャグチャである「ピカッツォ」の絵を10円で買い取るのでした

大迫専務…贋作を酔っぱらった勢いで人に渡すなんて、迷惑な話ですね~

 

そして、帰りの道中で三姉妹はととに、尋ねるのです

鞠子「ととは、どうしてこんなボロボロな絵にお金を払ったのです?」

とと「おかしいですか?」

鞠子「だって、専務さんはお金要らないって」

とと「お金を払わなければいけませんよ、素敵な絵を手に入れたんですから。それは、世間的には何の価値もなくても、ととにとっては三人の娘が力を合わせて書いた、傑作です」

三姉妹の優しさが生み出した名画なので、家の居間に飾りましょう!と言うとと

本当に良いお父さん過ぎて、頭が下がります!逆にこんなお父さん居るの?!と疑ってしまうくらいです

 

「やはり!行きましょうか!紅葉狩りに!」と娘達三人にととは約束するのです

紅葉狩りへ行く為に、ととは会社へ戻って仕事を夜遅くまで頑張ります

 

また行けなくなるんじゃないか?と心配する、長女常子に

ととの弟鉄郎が三姉妹にととの話をするのです

鉄郎「大丈夫だよ。前にな、兄貴に言ったんだよ。ちと、お前たちの事甘やかし過ぎだって」

常子「え?」

鉄郎「だって、父親が”とと”で母親が”かか”じゃ、威厳も何もないだろぉ。したらよぉ兄貴、「威厳なんて僕には必要ない」って。何故だ?って聞き返したらさ…あ、俺たちのオヤジやお袋の事は知ってるか?」

常子「早く亡くなったって事くらいは…」

鉄郎「そうそうそう。それ以来さ俺と兄貴、親戚の家をたらい回しにされたんだよ。

あの頃はどこの家の父親も威張りちらして、家族を従わせてた。

でもさ、自分にはそれが幸せには見えなかった。

従わせられている家族も、従わせている父親も。って言ってんだよ兄貴。

最後に「だから僕は、相手が自分の子ども達だとしても一人の人間として対等に接したいと思っているんだ」てよ。大切にしてんだと思うよ、とととかかと娘達で過ごす時間をさ。」

行き当たりばったりな、その日暮らしの生活を送るととの弟ですが、良い事を言ってくれますね!

次の日に、約束通りかかの手作り弁当を持って、家族皆で紅葉狩りへ行きます!

そして、紅葉狩りに行った日も、次の日の朝ご飯を皆で食べるために

夜遅くから会社へ行って、仕事をするのでした…

ととの家族への思いや、子ども達への接し方は、幼少期の経験から来るものだったんですね…

そんな家族思いなとと、竹蔵が結核に倒れたのは、年の瀬も押し迫った頃でした…

ととが結核に倒れる…

Sponsored Link

第3話最後の檀ふみさんの語りにて

「竹蔵が結核に倒れたのは、年の瀬も押し迫った頃でした…」

という語りが、入れられました…

とうとう、父竹蔵が結核に倒れてしまうようなのです…

こんなにも、温かくて幸せな小橋家に、悲劇が襲い掛かろうとしています

当時の結核の死亡率

抗菌剤による治療法が確立する以前は「不治の病」と呼ばれていた結核

江戸時代に蔓延し始め、昭和14年頃には感染者と死亡者がピークとなりました

 

1918(大7)年には死亡率は10万対257.1という最高値を示した。

その後死亡率はわずかに減少したが、

1931(昭6)年の満州事変勃発の頃から戦時体制に入ると増加に転じ、

1939(昭14)年には死亡数は15万4千人を超え、死亡率は10万対216.3となった。

ピークの1943年(昭和18)には約17万人の方が亡くなられています

引用:www.jatahq.org

結核を完治するには?

当時は、「不治の病」とされており、療養所や自宅などで

安静にして、自然に治るのを待つしかありませんでした…

いわば、一旦結核に感染してしまえば、手の施しようがないという病気です…

現在は、戦後に登場した抗菌剤によって、治療が行われ、不治の病では無くなりました!

治る?

イソニアジド (INH)、リファンピシン (RFP)、ピラジナミド (PZA)、エタンブトール (EB)(またはストレプトマイシン (SM))の4剤併用療法を行うようです

まとめ

明日の放送では、ととの結核に倒れてしまうようです…

こんなにも、温かくて、幸せな生活を送る一家に悲劇が襲い掛かります…

小橋家は、これからどのようにととを支えていくのでしょうか?

第4話の物語は、第1週目の重要な回となりそうです!

明日の物語も、見逃せないですね!

第四話のあらすじはコチラ!
常子の名前の由来とは?結核は発症すると余命は?

Sponsored Link

いつもありがとうございます。
読んでくださり、楽しんでくださった方は
FBやツイッターなど「シェア」お願いします。
シェアなどされると、読んでくださっている方がいるんだ!
と、更新を止めないで続ける励みになります!

誰よりも早く受け取るなら「イイネ!」


コメントを残す

とと姉ちゃん投票中

「投票する」をクリックで結果が見れます♪